場所と物語

[レポート] ダイアログ・オンサイトVol.1 「東京の記憶と断面」ピルグリム編

2019年1月9日に開催された「東京ステイ」のトークシリーズ『ダイアログ・オンサイトVol.1』。この日のテーマは「東京の記憶と断面」。トークに先立つ第一部では、本プロジェクトで実験開発を重ねてきたまちの体験プログラム「ピルグリム―日常の巡礼」を開催しました。

当日トークに登壇した神本豊秋さん(再生建築研究所)、林厚見さん(株式会社スピーク、東京R不動産)、林千晶さん(株式会社ロフトワーク)も、「道連れ」として仲良くピルグリムに挑戦。三人が辿った「巡礼」の様子をレポートします。

(取材・執筆:五十嵐春香、写真:河野慎平)

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NPO法人「場所と物語」メンバーでもある三人はピルグリム経験者。特に千晶さんは過去に多摩川での古墳ピルグリム(!)の体験レポートも書いていたりと経験豊富ですが、豊秋さん・厚見さんにとっては久しぶりのピルグリム。まずはNPO代表で今回のホストをつとめる石神夏希さんが、今回のテーマについて簡単にレクチャーします。

「さけめ/さかいめ―ミナガワビレッジ」

今回の出発点は「ミナガワビレッジ」。表参道駅から徒歩3分に位置し、もともとは個人邸として建てられ、東京オリンピックを挟んだ1967年に賃貸住宅が増築されたそう。2018年には豊秋さんの企画設計によって建て替えが行われ、新たな複合施設として生まれ変わっています。

今回の「ピルグリム」は、時代とともに形を変えながらも、場所のもつ記憶を留めている「ミナガワビレッジ」を起点とし、「表参道を歩かない」ことがルールとして課せられました。ただし、横断することは可能。ルールはとてもシンプルです。

原則6時間以上を用いるピルグリムですが、今回は4時間のショートバーションで実施。その間には、「やること」がいくつか決められています。まずは、提示されている9つの「指令」から3つを選んで実行すること。中でも指令3は必須項目。「指令3. いったん解散して、違う方向へ進む。1時間後に再集合し、どんな体験をしたか報告し合う。」つまり、ひとりぼっちになる時間が与えられています。そして、「今日、一緒に来たかった誰か」に宛てて手紙を書くこと。「ここで書きたい」と感じる場所を探し、ここにはいない誰かへの手紙を書き上げるのです。

厚見 「俺、普段から都市の日常生活の中で見落とされがちな何かとか、そういう”スキマ”を拾いがちなんだけど、ピルグリムはそういうこととも違うんだよね?」

夏希 「そうですね。一般的な日常生活ではなく、厚見さん自身の日常と違うモード、違うスピードで歩くことで何が見えるか。そういう風にまちに触れてみてほしいです」

厚見 「普段から現実にまみれているから、そういうの苦手なんだよね…。今回は積極的に他者を考えてみようかなと思って。他者に対して想像力を働かせてみようかと」

そう意気込みを語る厚見さんに対して、普段からこの近隣を活動拠点にしている豊秋さんはリラックスした様子。ピルグリム経験の多い千晶さんは、遠足の出発を待つ子どものようにキラキラした目で、この先の体験を心待ちにしているようでした。

 

風景を想像する

豊秋 「じゃ、ここからスタートってことで!」

ミナガワビレッジを出て、表参道から離れるように歩き始めました。住宅街に店舗がひしめく小さな通りに、時おり空き地が紛れます。ふと、千晶さんが足を止めます。

千晶 「ちょっとこれ、すごくない!?」

真っ赤な実がたわわに実った木。どうやら「ピラカンサ」のようです。家と塀の間のわずかな隙間に植わっていて、手に余るほどの赤い実をこれ見よがしに路面へと突き出していました。

千晶 「なんか…死体が埋まってると紫陽花の色が変わるって都市伝説があったじゃない? こういうの見ると、下には何が埋まってるのかな、って思っちゃう」

その一言で、なんてことない風景がサスペンス劇場のワンシーンのように思えてきます。木の根元には、訳ありの死体がひっそりと埋められていて…なんて、つい、勝手な物語を重ねてしまう。興奮気味に赤い実を写真に収める二人の横で、黙って木を見上げていた厚見さんの頭の中では、もしかしたら既にそんな想像が始まっていたのかもしれません。

 

好奇心と偶然がガイド

誰が先導するでもなく、自然にT字路を左に曲がっていきます。程なくして「質問! 質問していい?」と千晶さんの弾むような声。好奇心いっぱいでコロコロと変わる彼女の表情は、今回のピルグリムを賑やかに導いてくれる気まぐれなガイドのよう。行き止まりの奥に風変わりな造りの家を見つけたり、マンションの上層階で置物のように微動だにしない猫を観察したり。普段は素通りしてしまいそうなものたちとの出会いを重ねながら、歩みを進めます。

 

まちですれ違う人への想像力とフィクション

少しひらけた十字路に出たところで、千晶さんが若くて綺麗な女性を呼び止め、話しかけました。

千晶 「この辺で、どこか面白いところ教えてくれませんか?」

突然の質問に、女性は少し戸惑っているよう。少しだけ考えて、「えっと、こっちのほうに真っ直ぐ行くと、中華とかあります」と、キラー通りに繋がる道を教えてくれました。

お昼時はとっくに過ぎ、すでに15時を回る頃。想定外の返答に、千晶さんの瞳がくるくるっとまん丸になって、なんだか嬉しそう。お礼を告げて別れた後に、こんな返答ってなかなかない!と一同盛り上がります。

千晶  「若くておしゃれな女性だし、てっきり今時のカフェといった場所を紹介してくれると思ったの!」

厚見 「いや、こっちの方にたしかヴァン・ナチュール*を出す有名なお店があるんだよ。きっと彼女はヴァン・ナチュール系のコミュニティーに属していて、”私はポピュリズムに侵されない人種なんです”っていう主張なんじゃないか。そうじゃなきゃ、面白いところって聞かれてこっちに中華、とはならないじゃん」

豊秋 「すごい想像力!」

千晶 「私てっきり自分が中国人とかに見えたのかなと思った!ヴァン? 何? とにかく私もそれになりたい!」

*自然派ワインのこと

まちですれ違ったの女性との短い会話から、膨らんでゆく想像。あくまで厚見さんが作り上げたフィクションですが、ひょっとすると事実だったのかも…。行き交う人々を含むまちの風景は、案外こうした想像力の補正によって成り立っているのではないだろうか、などと考えさせられました。

 

カフェの片隅で世界を巡礼する

「知らない人に話しかけて、教えてもらった場所に行ってみる」という指令に従い、“ヴァン・ナチュール派(※想像)”の彼女が教えてくれた方向へと歩いてみることに。中華は目指さず、薄暗い入り口が気になったカフェに入りました。

千晶 「でもこうして見てみると、本当に東京ってパッチワークだよね」

豊秋 「うん、複層的というか」

厚見 「アップデートが早くて、ワンブロックごとに建て替え、また建て替え、というのをものすごい勢いでやったからね」

ここまで時間軸のパッチワークで出来ているまちは、世界中どこにもないのではないか。ついさっき見てきた風景、”東京のまち”の成り立ち、これからの東京――断片を縫い合わせるように話が進んでいきます。「東京をどう面白くしていくか」という話題になったところで、「やばい、日常(の仕事)になってる…」とつぶやく厚見さんに、千晶さんが「いいんだよそれで。”日常の”巡礼なんだから。」と返したところで、次の指令「並んで3分間、目を閉じてみる」を実行することに。

しばしの静寂。仄暗さとコーヒーの香り。静かに流れるジャズが穏やかに三人を包んでいます。途中、風邪が長引いているという豊秋さんの咳が止まらず、静寂が途切れる場面もありましたが、なんと向かいに座っていた厚見さんは激しく咳き込む音に気づかなかったというほどの集中ぶり。驚いたことに、目をつぶったままコーヒーカップを手に取り、静かに一口、飲んでいました。あとで聞くと、この3分間で世界中を旅していた(!)そう。心地よいジャズにコーヒーの香り、カップのぶつかる音。それらはこれまで旅したどの国にもあって、数秒ごとにフランス、ブラジル、ギリシャ…と次々と記憶を思い起こしていたといいます。

厚見 「現在から過去にどんどん遡っていって、最終的に初恋の人が登場したところで終わったんだよね」

さっき飲んだ一口のコーヒーは、どの場所で、何歳の厚見さんが、誰と飲んでいたのでしょう…。「あーよかった」と噛み締めるようにいった厚見さんは、心なしか若返って見えました。

 

東京の“さかいめ”に立ち会う

居心地がよく、つい長居してしまったカフェをあとにし、無事“ヴァン・ナチュールなお店”を見つけてから、建設中の新国立競技場に向かって、なだらかな坂を下ります。競技場に面した交差点の案内標識には”霞ヶ丘団地”の文字が。地名には残っていますが、肝心の”霞ヶ丘団地”の建物そのものはすでに取り壊され、競技場建設のための更地となっていました。

千晶 「これから生まれる子どもたちは、なんでこの辺りが”霞ヶ丘団地”っていうのかわからなくなるんだろうね」

たしかに全国どこを見ても、由来のわからない地名は数知れません。それら全てに元々は名前と一致する風景があり、そこから生まれる人の暮らしや物語があったのでしょう。風景が変わって地名だけが残った場所に、また新しい記憶が重ねられていく。その“さかいめ”を、私たちは目撃したのかもしれません。

その後も、ふと見えたまちの細部や断片に心動かされるたび足を止め、時間を忘れてしまいそうな三人。離れがたい様子ですが、終了時刻を考えるとそろそろ必須となっている指令3を実行しなければなりません。公園のある交差点で別れ、それぞれ別の方向へと。

さっきまでオレンジ色の西陽が照らしていたのに、三人が散り散りになるのと同時に日が暮れていきます。急に突き刺すような寒さを感じ始めたのは、ひとりになったせいかも。「ピルグリム」という歩き方が、小さな感覚ひとつひとつにも敏感に気づかせてくれるようです。

離れているあいだに思い思いの場所で手紙をしたため、1時間後に再会。すでに日は落ち、冷え込みが増してキンと冷たい風。でもみんなの顔が集まったら、ホッと空気が緩むのを感じました。終了時刻が迫っているため、まっすぐミナガワビレッジへ戻ることに。もう外は真っ暗ですが、三人はまだまだ話し足りなそう。

豊秋 「ゴールも同じ場所で撮りますよ!」

 

手紙を読み合う。心の中の秘密をひらく

ピルグリムではその日の終わりに、書いた手紙を道連れと交換して読み合います。三人の手紙はどれも、真っ直ぐな言葉で紡がれていました。「他人の手紙を読むって、相手の秘密を覗き見るみたい。どきどきするね」と豊秋さん。みんな心なしか照れ臭そうに笑いながらも、ごく自然に、個人的な経験や背景にパーソナルの一層深いところまで話が及んでいきます。

手紙から、話題は今日のピルグリムの振り返りへ。。

千晶 「(キーワードとしては)やっぱりパッチワークかなぁ。積層的なものの断面。年号が変わるというのもあるし」

厚見 「そうだね。あとピルグリムは、”やったから何か明確な答えがある”というものではない。課題解決みたいなものとは全く別のベクトルにあるから難しくて、面白いよね」

ピルグリムでは、道連れがいること/指令があることによって、自分では意図しないどこかへと導かれていきます。赤い実をたわわにつけた木々や、すれ違った女性の横顔。そうしたものに出会った瞬間、咄嗟に呼び起こされた感情や行動。それらが重なった瞬間に、私たちはまちと出会い直しているのではないかと、三人の背中を追いながら思いました。

 

 >>ダイアログ・オンサイトvol.1 第二部:トークレポート