場所と物語

[東京ステイ日記] 風をあつめてピルグリム

次の打合せ先へ向かう最短の経路をGoogleマップで調べたら、都電荒川線が出てきた。

最寄り駅まで徒歩11分、都電荒川線11分、駅から徒歩2分。東京で暮らし始めてからバスにはよく乗るようになったが、都電は「ゆっくり」「のんびり」行く手段だと思っていたから、意表を突かれた。というか都電って『散歩の達人』とか『OZマガジン』で特集されるような、休日の乗り物だと思っていた。都電沿線に暮らし日々、通勤や通学に使う人たちにとっては失礼な話だ。でも東京の人から見たら、私の地元の江ノ電だって同じように思われているのかもしれない。

 

都営まるごときっぷでピルグリム

「東京ステイ」プロジェクトでは「ピルグリム」というまちの歩き方を実験している。その着想についてはこちらの記事で書いていて、2018年3月には『日常の巡礼』という小冊子にまとめて発行もした。

地方都市や、ときに海外の都市と比較してもよく言われるのは「東京にいるとたくさん歩く」ということと「東京は公共交通機関が充実している」ということ。この2つはもちろん裏表の関係でもある。ピルグリムはまちを体験する身体性を変えるアプローチなので、自分の足で「歩く」ことを基本にしているが、だからこそ「公共交通機関の乗り方」を考えたいなとは思っていた。

そんなこともあって、年の瀬も迫る12月22日(冬至)に「都営まるごときっぷ」で移動できる範囲でピルグリムをしてみることにした。ただし移動スピードが早すぎたり、車窓の風景が見えなかったりすると自分の意思を介入させにくいので、地下鉄以外の「都電荒川線、都営バス、日暮里・舎人ライナー」とする。

 

迷子になる技術

ピルグリムは別の言い方をすれば「自ら迷子になる訓練」ともいえる。したがって、意思(◯◯へ行きたい)と環境(◯◯に辿り着けない)の衝突が重要なのだ。「目的のないぶらぶら歩き」とか「成り行き任せ」だと迷子にはなれない。というか「迷子」という定義が揺らいでしまう。

平日ではなく週末だが、クリスマスが近い。そして冬至だ。一年で一番短い日、浮かれた東京のまちを巡礼するのは、寂しくて、なかなか楽しい迷子になるんじゃないかと思う。

 

風をあつめて

知っている人も多いと思うが補足しておくと、タイトルははっぴいえんどのヒット曲『風をあつめて』から取っている。アルバム『風街ろまん』に都電のイラストが使われていることや、歌詞にも路面電車の走る東京の風景が描かれていることはよく知られている。そして都電は経営悪化、道路整備といった理由で1964年の東京オリンピックに前後して廃線が相次ぎ、現在では荒川線を残すのみとなっている。

私は当時生きていたわけではないから、なくなった路面電車を惜しむノスタルジーは持ち合わせていない。それでも都電や都営バスの車窓から眺める東京の風景は、これまで(特に郊外育ちの)自分の見てきた「東京」はバラバラに分断されたイメージのコラージュみたいなものだったんだなと気づかせてくれる。

より正確に言えば、分断されたイメージの集積があまりに膨大すぎて、そこにある生身のまちが見えなくなっていた。生きている人間や日常の暮らしがあたりまえに持っている連続性を見失っていた。

だけどゆっくりと動く車窓から“見えすぎてしまう”このまちの細部――退屈さや不格好さや間の抜けた優しさは、東京もまた「東京」ではなく、そこらへんにあるただのまちなんだ、と教えてくれる気がする。つまり「そこらへんにあるただのまち」と同じ、なんてことのない、だけど誰かにとって世界にたったひとつしかないまちなんだ、ということを。

written by 石神夏希