東京ステイ合宿レポート《前編》檜原村への道/石神夏希
2017年10月28(土)-29(日)、東京都・檜原村でNPO場所と物語の合宿をした。檜原村を選んだのは、もちろん「東京ステイ」プロジェクトの一環だからだ。この日の目的は、私たちがアートプロジェクトとして準備中の「ピルグリム(巡礼)」の実験と検証だった。
ピルグリム(巡礼)とは
「ピルグリム」は、いま私たちが考えている、まちの体験手法(より詳しく言えば、まちを感受する身体性を引き出す稽古)だ。都市、とくに東京での日常生活では、目的地に向かって合理的に/効率的に/最短距離で向かっていくような歩き方に、なりやすい。
だからこそ雑誌なんかではこぞって「街歩き」とか「散策」とか「ぶらぶら歩き」とか特集するわけだし、それ専門のメディアだってあるけど、その中に用意されたおびただしい見どころやアクティビティたちは、だいたいが読者に消費行動を促すものだ。
“消費者役”を演じることに慣れた私たち
そうしたアクティビティを体験する中で、気がつかないうちに私たちは“消費者役”になってしまう構造がある。これは演劇みたいなもので、日本の人たちはサービス提供者とお客さんという役割を演じ分けるのがすごく上手なんじゃないかと感じる(海外を旅すると特に)。
でも演じているうちにだんだん本気になっちゃって、舞台を降りてもその“役”が抜けなくなる。そして特に悪意も意図もないまま、街で起こっている「営み」や「風景」を徹底的に消費し尽くしてしまう。いわゆる「オワコン」みたいなものだって、その結果じゃないだろうか。最近は消費対象が「モノ」から「コト」に移り変わっているから、そうした構造は、なおのこと見えにくくなっている。
自分の感受性くらい
こうした行動が経済を回すこと自体は、何も悪くない。むしろいいことも多い。だけど怖いのは、その構造や身体性に私たちが慣れきってしまい、知らず知らずのうちに何かを「生み出す」とか「つくり出す」力を生きることのなかから奪われてしまうことじゃないか。
しかも東京はたまに、半分気を失ったような状態じゃないと精神が摩耗して生き延びられないくらい情報量も多くスピードも早い。そうやって日々、感受性を鈍らせ、まるで失神したような感性でもって、街を効率的で合理的な場所に造り変えてしまう。そういう消費者役の身体性や感受性が、東京や日本のあちこちで、コピペのような再開発を繰り返してしまう原因のひとつじゃないのか。
自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ
(茨木のり子「自分の感受性くらい」)
……ちょっとオーバーに書いたけど、街で何かつくったり生み出したりする感受性や身体性を取り戻すために、私たちがひねり出したのが、目的を定めず何も探さない、東京のさまよい方としての「ピルグリム」だ。
「巡礼」という世界との向き合いかた
宗教行為としての巡礼とは、日常生活という時間と空間を離れて“聖なるもの”に接近しようとする行為だという。この“聖なるもの”を、宗教的な解釈を離れて言い換えるなら、不合理な世界を解き明かしてくれる真実とか本質とか、本当のすがた、みたいなことじゃないかと思う。だってそれが欲しくて、人間は宗教を信じるのだと思うから。
そして私たちNPO場所と物語は、自分の身体で触れられる世界のことを「場所」と呼んで、目には見えないけど確実にそこに存在している本当のこと(これはノンフィクションという意味じゃない。時にはフィクションのほうが真実だったりもする)に触れたり、見つけ出したり、人に見える形にする道具を「物語」と言っているのだと思う。
檜原村への道
いきなり、抽象的な話ばかり書いてしまった。ごめんなさい。
とにかくそんなわけで、この日は参加者全員が、ピルグリムをしながら檜原村に向かうことにした。まっすぐ行くだけなら、神奈川県の南のはずれに住んでいる私だって2時間もあれば到着するのだが、この日は都内在住を含む全員が「朝8時には出発して、6時間かけて辿り着くこと」をミッションとした。
そして「檜原村に行く」を目的としないため、道中で「一緒に檜原村に連れてきたかった人」へ手紙を書くこと、という指令を出した。各自が自分でルートを選び、手紙を書きたいと思える場所と時間を見つけて、手紙を書き上げながら檜原村へと向かう。
さらに到着までの過程で、ランダムにLINEで飛んでくる指令にしたがって写真やテキストを、共通のハッシュタグをつけてSNSに投稿することとした。これは皆が都内の異なる場所で、同時多発的にピルグリムを行っていることを可視化/実感するための試みだ。
以下、私の投稿を引用しながら、檜原村までの道程を振り返ってみる。
《hato_pepin 鎌倉駅のホームが見えるカフェで、朝ごはんを食べながら手紙を誰に書こうか考える。中学から毎日のように電車を待ったホーム、対岸から見るのは感慨深い。手紙を書きたい相手には、この景色も見せてあげたい。などと考えてると、なかなか東京までたどり着かない。 #場所と物語 #東京ステイ #ピルグリム》
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スタートは最寄り駅の、よくモーニングを食べるカフェ。手紙を書く相手で悩んでいたら、あっという間に時間が過ぎて、一文字も書けないまま電車に飛び乗るはめになった。
手紙を書く相手は、父にした。鎌倉は私の育った街だけど、しばらく東京や横浜で暮らして、今年の夏にまた鎌倉に帰ってきた。現在の住まいから自転車で10分ほど離れた場所にある実家では、今でも両親が暮らしている。帰ってきた理由のひとつは父の体調がよくなくて、少し近くで見守っていようと思ったことだ。
鎌倉駅から横須賀線と東海道線を乗り継いで、川崎から南武線で立川へ向かい、立川駅で事務局チームと合流。車で檜原村へ向かいながら、東京郊外らしいロードサイドの風景を横目に見ながら、揺れる車中でノートに手紙を下書きした。
《hato_pepin 立川へ向かってる。舞鶴にいるあいだは、電車に乗らなかった。台風の影響が大きくて止まっていたし。ここではない場所のことばかり思ってしまう。中学生の時、演劇を観るために、立川までひとりで初めて行った。ものっすごく遠く感じた。歳をとると、距離や時間の感覚は変わるのだろうか。いや歳をとらなくても、距離や時間は伸び縮みする。そんな伸び縮みを体験させるすべを、身につけたい。 #場所と物語 #東京ステイ #ピルグリム》
《hato_pepin 立川駅から車で檜原村へ向かってる。お昼を食べたいけどなかなかお店が見つからない。さっき通過したピッツァ屋には「おせち予約受付中」の幟が立ってて、困惑。手紙を書き終わることができなさそうで、焦る。他のみんなはどこで、誰に手紙を書いてるのかなあ。 #場所と物語 #東京ステイ #ピルグリム》
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檜原村で途方にくれる
事務局チームはみんなより一足先について準備をするつもりだったが、到着がギリギリになってしまった。山も川も目の覚めるような色で、空気がすがすがしい。この日は川原のキャンプサイトに泊まる予定で、バンガローを予約していた。けっこう雨が降っていて、寒かった。濡れて滑る板梯子を降りていくと、バンガローはかなり古く、電源も暖房もない小屋だった。
寝てしまえば気にならないかな、とも思ったが、合宿の目的だったディスカッションには向かない空間だったこと、川原キャンプを選んだ最大の理由「焚き火を囲んで話をする」が雨で出来ないことで、ここに泊まることは断念した。
だが、これから集まってくるメンバーたちとどこへ行けばいいのか。途方にくれたまま、あまりにも川の水の色がきれいだったので、最後の指令「手紙の一部を引用する」とあわせてInstagramに投稿した。
《hato_pepin “でも私はだれを幸せにするために生まれてきたわけでもないのだと、自分の好きなように幸せにも不幸せにもなっていいのだとわかったから、私はいま檜原村にいます。” #場所と物語 #東京ステイ #ピルグリム》
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まわりにはお店もないし、携帯電話の電波だって届きにくい。都心から1時間で来られるリゾート。きっと晴れた夏の日にキャンプに来たら、楽しかっただろう。一雨ごとに秋が深まっていく、こんな寒い日に来た私たちが悪い。
レポート後編では、他のメンバーたちがどのように檜原村へたどり着いたのか、山奥で宿もなく途方にくれた私たちがその後いくつかの偶然から、最高に暖かく楽しい夜を迎えた顛末を紹介する。