場所と物語

[東京ステイ日記] 上海の路上で出会った仙人:後編

←この記事は『上海の路上で出会った仙人』前編の続きです。

 

公共空間という「制度の余白」

もうひとつは「外」の話。中国にはよく知られる通り、検閲というものが存在している。演劇の公演は事前に申請をして、脚本なども提出してチェックを受ける。場合によってはタイトルや内容変更を余儀なくされるというのは、よくいわれる話だ。

(撮影:Jacney Chan)

でも、そうした検閲は、これまで劇場内での演劇を想定したものだった。昨今増えてきた劇場の外で上演されるパフォーマンスやコミュニティアート、演劇なのか何なのか特定し難いアートプロジェクトなどは「想定外」。申請先や規制がまだ曖昧だという。

(撮影:Jacney Chan)

実際に「劇場」といえば国立劇場がほとんどの中、前衛的なパフォーマンス作品を上演している現代美術のミュージアムでは、展示部と教育部に分かれていて、パフォーマンスは教育部の管轄になっていた。これが「舞台芸術部」などと銘打ってしまうと演劇公演として検閲の対象になってしまう。演目を見る限り、たしかに劇場やデベロッパー主催の芸術祭よりも実験的・前衛的な印象を受けた。

 

上海で出会った仙人

最終日、いくつかの偶然が重なって、私たち日本から来たメンバー全員と現地のアーティスト、キュレーター総勢9人ほどで、ホテル近くの路上で夜風に吹かれながら乾杯を交わした。その中で、まるで「仙人」のようなあるアーティストと交わした会話は、忘れがたいものになった。

(撮影:後井隆伸、藤原ちから)

仙人といっても、彼はまだ50代くらい。張献(张献/ヂァン・シエン)さんといって、「ズーフーニャオ」という、約100人ほどのメンバーがゆるく出入りするアーティストグループの創始者。藤原ちからさんとは以前から親交がある。

(撮影:Jacney Chan)

数日前に私たちのトークも聞いてくれて、その直後に立ち話をしたときは「自分は、テキストがどのように社会の人を動かすか、ということを考えている。あなたの“戯曲”もそれをやろうとしているのがわかって、興味深かった」と言ってくれた。

自分が考えていることを、まさにその通りの言葉で指摘してもらったから、ちょっと興奮した。興奮した勢いで、東京ステイで制作した冊子『日常の巡礼』を取り出して見せた。彼は「そうそう、そういうこと」というように頷いてくれたけど、シャイで言葉少なだったから(英語が話せないのかと思った)、本当は『日常の巡礼』を渡したかったけど、なんとなく渡せなかった。

 

路上を生きる、見えない演劇

その晩、路上で再会した彼は前回より饒舌だった。自分は最初 performance art をやっていたが、次に community art、次に social art をやり、今では invisible art (見えないアート)をやっている。だいたい毎日10個くらいのアートプロジェクトをやっているんだ、と言った。

たとえば「Never visited」というプロジェクト。自分が行ったことのない場所について、リストアップしていく。I have never visited Japan, I have never visited Berlin…というように。

これだけ聞いた人は、それのどこがアートプロジェクトなんだ、観客はどこにいるんだと思うかもしれない。そう思う人は、試しに一週間やってみたらいい。毎日、自分が行ったことのない場所を書き出す。ちなみに私だったら「私が今日 “いない” 場所」を書き出すかもしれない。私は今日、上海にいない。私は今日、東京駅にいない。私は今日、母の生まれた家にいない……

やってみても、はじめの疑問は解消されないだろう。でも「これ“も”アートプロジェクトなんだ」と思ってみると、ちょっと頭の中が地殻変動を起こすかもしれない。起こさなくても怒らないでください。

これ以外にもっとやばい(おもしろい)アートプロジェクトも彼はやっているけど、ここでは書けない。言論が規制される彼の国だからこそinvisibleでなければ伝えられない、というのは切実だが、日本でも(物理的な建物を伴わない場合も含めた)「劇場」がその力を失ったらオシマイだ、と思う。

私たちは路上に目には見えない劇場を立ち上げる。それはインスタントで身軽で、あなたと私がいればすぐ立ち上げられる。すぐに畳んで逃げることもできる。逃げた先でまた立ち上げる。そこでは絶対的に自由で、あなたと私との違いは保障され、私たちは何でも考えていいし、フィクションを通じて、ほんとうのことを話せる。

(この記事では詳しく触れないけれど、今回上海で一緒だった住吉山さんのプロジェクト「筆談会」は、まさにそんな空間を立ち上げる試みだと思う。上海の人民広場で行われた実験に立ち会ったけど、とてもおもしろかったし、切実に感じた)

(撮影:Jacney Chan)

「東京ステイ」もまた、そんな場所を自分たちでいくらでも立ち上げられる力を取り戻すプロジェクトだと思う。

その力は私たちの中に本来的に備わっているけど、私たちは、少なくとも私は、与えられた物語の中に安住することに慣れてしまったから。避難訓練のように、東京の路上で、瓦解しかねない日常や制度の下敷きにならずに生き延びていくスキルを訓練しているのかもしれない。

お知らせ:上海の報告会@PARADISE AIRにゲスト参加します!

一緒に上海に行った宮武亜季さんにお声がけいただき、『世界のアーティスト・イン・レジデンスから | 上海編』@PARADISE AIRにゲストとして参加します! PARADISE AIRは松戸駅前のラブホテルを利活用した、国内屈指のアーティスト・イン・レジデンス施設。ぜひ、遊びに来てください。

 


イベント概要
昨年度よりPARADISE AIRでは、国内外の様々なアーティスト・イン・レジデンスや美術館、ギャラリーなどとの連携を行うCROSS STAY Programに取り組んでいます。その事業の一環として、国内外の様々な施設や団体の人々を訪れ、ネットワーク構築を進めています。「世界のアーティスト・イン・レジデンスから」は、それぞれの視察の経験をPARADISE AIRスタッフはもちろん、みなさまと共有する報告会シリーズです。今回は、6月10日~15日まで国際交流基金北京日本文化センター主催で行われた上海での視察の様子を、同視察の参加者や同時期に上海を訪れていたゲストを交えて宮武が紹介します。

日時:2018年7月24日(火) 19:00~21:00
会場:PARADISE AIR 5F
住所:松戸市本町15-4 ハマトモビル
料金:無料
発表者:宮武亜季(居間 theater / PARADISE AIRコーディネーター)
トークゲスト:石神夏希(劇作家 / The CAVE 共同創立者・共同ディレクター / NPO 法人 場所と物語 理事長)


written by 石神夏希