場所と物語

「東京の物語にチェックインする」東京ステイレポートvol.2

ただ宿泊することだけが「ステイ」じゃない。
時間をこえて様々に引き継がれていく、人と場所と物語の関係を「東京ステイ」で体感してきました。

(取材・執筆:藤末 萌、写真:菅原 康太

QRコードガイドブックを片手に、それぞれのルートで大森・平和島エリアを巡り終えたフィールドワークの参加者達。午後はアミューズメント施設「BIG FUN 平和島」に集い、第二部からの参加者も交えて、トークセッション&ワークショップが始まりました。

(第一部の様子はこちら>>東京ステイレポートvol.1

会場となったのは、アイドルのコンサートで人気のライブハウス。きらめくミラーボールのもと始まったオープニングトークでは、NPO法人「場所と物語」代表理事の石神夏希さんから「東京ステイ」のための「チェックイン」と「チェックアウト」について説明がありました。フィールドワークを開始する前にその場所に対して感じることを自らに問いかける「チェックイン」と、一日の体験を振り返る「チェックアウト」を行うことで、各々の「ステイ」を完成させる。第二部は、そのための時間です。

20代、銭湯とゴールデン街のリアリティ

最初の座談会のゲストは、京都で銭湯「サウナの梅湯」を切り盛りする湊三次郎さんと、新宿ゴールデン街でバー「The OPEN BOOK」を営む田中開さん。場所と物語メンバーの吉里裕也さん(東京R不動産株式会社スピーク)と小田雄太さん(株式会社まちづクリエイティブ)が聞き手となり、場を引き継ぐ次世代の実践が語られました。

大学時代に京都で出会った銭湯の魅力にのめり込んだ湊さんは、卒業後一旦就職するも廃業が相次ぐ銭湯をどうにかしたいという思いを抱いたそう。そんな中、京都五条・高瀬川のほとりに建つ「梅湯」廃業のニュースを聞き、「ならば自分が」とその経営を引き継ぎました。想定以上の設備改修費用がかかったり、かつて遊郭が位置した独特の土地柄であったりと苦労がありながらも運営を続け、今年の5月で2年を迎えます。


– photo by サウナの梅湯

一方、新宿ゴールデン街に足繁く通った文人・田中小実昌さんを祖父に持つ田中開さんは、自身も高校生の頃からゴールデン街に親しんでいました。遺産を相続し小実昌さんの膨大な蔵書を生かす術を考えていた際、「色々な人に開いた方が面白い」と思い立ちます。そして新規開業は難しいと言われるゴールデン街において縁を辿って不動産を買い取り、昨年3月に膨大な書物の詰まったレモンサワー専門店「The OPEN BOOK」を開業しました。

– photo by The OPEN BOOK

地域コミュニティに根ざしながら、大規模な地域開発の視点ではこぼれ落ちてしまうものを受け継ぐ2人の共通点は、「自分にしかできないこと」という使命感と「リアルな場を背負う覚悟」を持ち、そこに意味を見出していること。「例えば『スナック』のように、会いたい人がいるからその店に出向くという業態は、ネット社会の中、色々な職業がなくなっていっても残っていくものだと思う。人と人との付き合いが、その場所の固有の価値へとつながっていくはず」と田中さんは言います。

ただ場所があるだけでは完結できない、人の存在から生まれる物語と場所の持続性について考えさせられるトークとなりました。

なぜ今、場所と物語なのか

次に続くセッションでは、「場所と物語」メンバーにより、これまで約半年にわたり行ってきたフィールドワークの報告がなされました。専門領域も参加の動機もさまざまなメンバーが、東京の気になるエリアをチームに分かれて歩いた様子を、スライド写真と共に振り返ります。

石神さん、吉里さん、岩岡孝太郎さん(株式会社ロフトワーク)のAチームは、福生・青梅、横浜は伊勢佐木町、大森・平和島という3カ所のフィールドワークを報告。横田基地のある福生の歓楽街で、個性的なラーメン屋を営む女性店主との出会いが印象的でした。明日の命も知れぬ兵士たちに食事を提供する一方で、格闘技のアスリートはじめ多様な常連客との出会いを楽しみ、自分自身もボクシングやドラムを始めるなど積極的に人生に取り込んできた彼女の生き様はまるで「移動しない旅人」。基地や戦争に関わる土地での多文化共生もまた、「東京ステイ」にとって重要なテーマになりそうです。

今田素子さん(株式会社インフォバーン)、小田さん、林千晶さん(株式会社ロフトワーク)のBチームは、雑司ヶ谷から北池袋、そして北品川と谷中をリサーチ。濃密なプログラムを展開するコミュニティーセンター「雑司ヶ谷会館」や、池袋の「天狼院書店」などを紹介しました。「鬼子母神」の古くからある参道周辺の街並みでは、街の新陳代謝が起きていない様に見えても、一歩中に入ると若いアーティスト向けのギャラリーなっていたり。見た目が変わらず中身だけが変わるという場所の更新のあり様を発見したそうです。「南池袋公園」で公園というコンテンツは変わらず、以前のダーティな空気を一掃したリニューアルとの対比が印象的です。

神本豊秋さん(株式会社再生建築研究所)、下田寛典さん(ぺピン結構設計)、河野慎平さん(合同会社ワンダーフォーブリッジ)のCチ―ムは、築地・合羽橋・蒲田・赤羽・北千住をそれぞれ1〜2人という少人数で回った様子を報告しました。

築地では築地本願寺を参拝、午後には店が閉まってしまう静かな市場で豊洲移転後を想像しながら歩いた、と神本さん。下田さんは合羽橋の裏道の個性的なお店たちへ。街の味わい深さは個人的な会話でより引き出せると感じたと話します。河野さんは「江戸時代の宿場町」という歴史風情、駅前の商業地域、裏路地歓楽街、荒川の風景など北千住の持つ多面的な様相に触れたそう。

Cチームの紹介した幾つかの外国人観光客のエピソードは印象的に響きました。ガイドブックにそって歩いていたのに、うっかりと思いもかけない物語に出会ったなら。異文化の来訪者への想像が膨らみます。

各自エリアも視点もさまざまな中、唯一フィールドワークに参加しなかった林厚見さん(東京R不動産株式会社スピーク)は、「何かおかしなもの、合理的じゃないものを見ると僕らは気になって写真に収める。そこから何を感じ、それらをどうつなぐのかを深く話していきたい」と話し、「東京ステイ」の次のステップが示されました。

小さな違和感を見過ごさない

休憩を挟み、第二部は後半へ。

まずは、大森平和島出身の神野真実さん(株式会社ロフトワーク)による自身の体験に基づいたエリアの紹介と、地域を対象に行った自身の卒業研究の発表。このエリアはかつて海苔の養殖で栄え、戦中に捕虜収容所が設置されたことから「平和島」と名付けられた歴史を持ちます。神野さん自身、授業で元捕虜の方の話を聞く機会もあったそう。小学生の頃は、競艇場で開催されていた子供向けヨット教室にも通っていました。

「地元が大好きというタイプでもない」という神野さんですが、卒業研究では1964年開業の商業施設「ダイシン百貨店大森本店」を対象に選びます。この百貨店は地域に1人でも欲しいという人がいたら入荷するという姿勢で、なんと東急ハンズ渋谷店の2倍という品揃えを誇り、地元の方にとっては「ダイシンに行けば何でも揃う」という存在でした。

神野さんは客や店員のリサーチを行い、人が集まる要因をダイアグラム化。その状況を他の場でもつくり出すために、街の情報誌を集めて掛けられる「ハンガー」と「製本キット」を製作、大森駅前でワークショップを行いました。

実は、ダイシンは昨年ドンキホーテに買収され、全面リニューアルがなされました。雰囲気が全く変わってしまった場所を訪れた時に、「たとえその場所の様相が変わってしまっても、かつての価値を目に見える形に残したことで、物語の糸口をつなげていける。自分の研究はそのための意味があったのだ」と感じたそう。

小さな違和感や疑問を見過ごさず、時間を掛けて触れ続け、俯瞰して考えるということがデザインリサーチにおいて大事だと語る神野さん。フィールドワークのアウトプット方法に(写真だけではなく)さまざまな選択肢をもつことで、フィールドワークの方法や質自体が変化するのではないかという、今後の「東京ステイ」の活動への提案も投げかけられました。

「人」が伝える場所の物語

最後は、5人程度のグループにわかれて「自分にとって、場所と物語とは?」について議論し、そのまとめを発表するワークショップで「チェックアウト」します。

あるチームでは、それぞれの参加者がこの場に行き着いた経緯をシェア。初めて大森・平和島エリアに足を踏み入れてフィールドワークから参加した人、レジャーランドの温泉に入りたくてやってきた人、「場所の物語」というワードに魅力を感じ二部から参加した人など、各々の背景を共有した上で、1日の体験を振り返ります。

あるフィールドワークの参加者は、スポットに到着した際QRコードで表示される「声」により、その場所を自分に引き寄せることができたそう。更に「自分にとって競艇場での体験は、舞台装置の中に迷い込んだような非日常だったけれど、そこに通ってる方にとっては日常。場所の物語は語り手によって変わってくるのではないか」という声から、場所と物語には「人」が必要なのでは、ということが見えてきました。

各チームの発表の中でも「“場所と物語”とは自分の歴史と場所のコンテクストをすり合わせていくこと」「誰にでも個々に自分の物語が根ざす場所がある。個々の物語は第三者によって語られた瞬間に価値を持ち始める」など興味深いキーワードが抽出されました。

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林千晶さんによるクロージングトークでは二つの視点が示されました。

ひとつめは「分かりやすい物語と分かりにくい物語の関係」。分かりやすい物語が多く存在する中、一見、伝わりにくく経済性にもつながりにくい“分かりにくい”物語をどう見つけ、分かりやすさに回収してしまうことなく語り継いでいくのか。

ふたつめは、「計画したものと計画していないものの関係」。計画や決定をしないことで生まれる居心地の悪さをあえて受け入れることが、普段気がつかない回路を開ける行為となる。そんな姿勢が、「東京ステイ」の大切にしていることだといいます。

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語る人と聞く人がいてはじめて、物語は立ち現れる。そして、私たちはそのどちらの側にも立っている。とても当たり前のことですが、「東京ステイ」が改めて気づかせてくれたことだと思います。

人の顔かたちが千差万別あるように、物語も語り手によって個性を持ちます。その差異をみつけて味わうには良い「耳」が必要。 今回のイベントを通じて私たちは、「耳の傾け方」という示唆を受け取りました。これって実は、どこかへ旅行やリサーチにいかなくても、普段住む街から始められることだったりします。

ほんの少しふるまいを変えるだけで、世界をもっと鮮やかに捉えられるかもしれない。

そんな期待が膨らむから、「東京ステイ」に惹かれるのだと感じます。

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