場所と物語

「東京の物語にチェックインする」東京ステイレポートvol.1

これまでにない指標で、ある場所の持っている面白さや個性を見つけ出す「場所と物語」の活動をご存じですか?

「東京ステイ」を通じて場所の物語を知ると、今まで気づいていなかった東京の姿が見えてきました。

(取材・執筆:藤末 萌、写真:菅原 康太

 

歴史や文脈を読み解くことから始まる、場所との関わり方

「私たちの団体は建築、都市、デザイン、ビジネス、メディア、アート、法律といったさまざまなメンバーが集まっています。多様な視点で場所の個性や価値を発見し、表現することを目指しています。」NPO法人「場所と物語」代表の石神夏希さんは自らの活動をこのように紹介します。経済性が優位にはたらく現代の都市では見過ごされがちな、場所のもつ歴史や文脈を読み解き、潜在的な価値を見出す取り組みです。

アーツカウンシル東京との共催でおこなっている「東京ステイ」プロジェクトでは東京での滞在=宿泊にとどまらないその場所での「たたずみ方」、を「場所と物語」ならではの視点で模索しています。3月11日開催「東京の物語にチェックインする」には多くの参加者が集い、QRコードガイドブックを片手に思いおもいのルートで散策する午前、「場所と物語」ってなんだろう?を知る午後、の二部構成一日がかりのイベントとなりました。

 

人口と自然のコントラストから知る東京のすがた



– QRコードの記載されたガイドを受け取りました


午前中のフィールドワークは、大森駅前のバスロータリーでカギと冊子の形をしたキーホルダーを受け取ることから始まります。
スマートフォンでQRコードを読み取り参加方法とマップを確認したら、出発です。

まずは駅前から徒歩で行くことができると教えてもらった、「大森貝塚」を目指しました。


– ビルと線路のはざまに建つ大森貝塚の石碑

ここは日本で初めて貝塚が発見された場所として知られ、と書きたいところですが、関西出身の筆者は初めて知りました。(東京の学校の社会科見学では訪れるのでしょうか・・。)明治時代、アメリカから来日していたモース博士が車窓から偶々気づいたことで日本の考古学・人類学上の大発見につながったこの貝塚。現在はビルと線路に囲まれた小さな土地にひっそりと石碑が立つのみとなっています。

電車が通る音はしますが、大森駅前の賑やかさからは随分距離があるような感覚になります。しばし碑の前に立ち、人工物の狭間で明治時代と縄文時代に思いを馳せながら、次なるランドマークへ向かいます。

大森駅前からバスに乗り込み、15分。「東京港野鳥公園」に到着しました。
広い道を大型トラックが走り抜ける、まさに臨海地域、といった雰囲気のバス停に降り立ちゲートをくぐり抜けると、がらりと雰囲気が変わります。木々に囲まれた小道を進んでいると、草木をしげしげと眺める人や大きなカメラと三脚を担いだ人が目につきました。



– ネイチャーセンター内部

湿地のへりに建つネイチャーセンターは大きな窓ガラスの前でバードウォッチングを楽しむ人達で賑わっていました。なるほど、大きなカメラはこのためだったのですね、ここは湿地を好む野鳥だけでなく、自然を愛する人にとってもサンクチュアリになっているようです。


– 緑を楽しみながら散策できる木漏れ日の気持ち良い園内


– 干潟に水鳥が集まります


飛んでいるのは鳥だけではないようです

もともと江戸前の海の上だったというこの場所は、のりの養殖と漁業が盛んだったそうです。戦後、工業用地確保のために埋め立てられ、整備を待つあいだに豊かな干潟がなかば偶然に生まれたことで野鳥や魚、カニなど自然生物が集まってきたと言います。日本の渡り鳥の重要な中継地点となり、さらに市民の保存を訴える声も高まり、工業用地としての利用ではなく「東京港野鳥公園」として整備され1978年にオープンしました。
経済性だけで語ることの出来ないこの土地ならではの歴史は、「場所と物語」の活動と「東京ステイ」プロジェクトを理解するための大きなヒントになりそうです。

ちょうどお昼時になったので、野鳥公園を後にして「大田市場(しじょう)」へ向かいます。

徒歩で行けるほど近くに隣り合う野鳥公園と市場ですが、ふたつは全く別世界、すごいコントラストです。これまでのツアーで一瞬忘れそうになっていましたが、ここはやはり東京で、日本最大の人口を巨大な物流が支えている様が体感できます。


– カウンター席にお客さんがひしめく三洋食堂 (写真:藤末萌)

ランチで伺ったのは大田市場内にある「三洋食堂」さん。昭和25年創業、食材のプロを相手に営業し続けてきた食堂です。
店員さんたちは、「お姉さん!こちらどうぞ!」と元気いっぱいに迎え入れてくれました。市場ではたらく常連さんたちが来た時には、「おまかせセットでいいかな?!美味しいもの出すからね〜!!」とまるで家族のようなやり取りも。定食は大満足のボリュームと美味しさで、市場の元気を分けてもらったような気分になります。

ランチを終えたら、急ぎ足で平和島エリアへ。



– ちょうどレースが行われていました

– 「平和観音」と「平和島劇場」(画像提供:場所と物語)

ボートレース場のある地として有名な平和島ですが、第二次世界大戦中には捕虜収容所があったそうです。戦後その役目を終え、これからの平和を願い「平和島」と名付けられました。
QRコードを読み込み物語を知ると、多くの人が集いレースを楽しむ傍らには平和観音がひっそりと佇んでいることに気づきました。

– 平和島劇場内部 みなさん真剣です(写真:藤末萌)

初めて訪れた平和島、ボートレース場の大迫力もさることながら、「平和島劇場」には驚きました。ボートレースというエンターテイメントに特化した、まさに劇場。ルールがわからず舟券を買うことは出来ませんでしたが、初心者にとってはこの風景を見ることもひとつのエンターテイメント、と言えそうです。
この場所にいながら戦時中の様子を思い浮かべることはとても難しいですが、時間を隔てたコントラストに想像力が勝手に動き出します。

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大森貝塚、野鳥公園、大田市場、平和島劇場。

今と昔、人口と自然、小ささと大きさ、ネガティブとポジティブ。

今回のツアーでは、時代やスケールや気持ちの持ちようといった対比的な性格を持つ場所を巡ることが出来ました。いちどきにこれらを回った人は私達が初めてなのでは?と思えるほど、それぞれの場所にいる人達の目的や嗜好が違っていたのがとても印象的でした。

「東京ステイ」プロジェクトでは実際の場所にたどり着いた時、QRコードを読み込み、目の前には見えていない物語を補足することで場所のイメージを引き出していました。なるほど、「場所と物語」はこれまで重なり合わなかった場所に対する価値観に、新しい補助線を引く活動なのだと思えてきます。

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午前中のフィールドワークはここまで。巡ってきた物語の余韻に浸りつつ、平和劇場向かいにある「BIG FUN 平和島」のホールへ向かいます。

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