場所と物語

たぶん天国のちょっと手前/小林絢子

電車好きの息子といくつもの踏切を眺めながら大井町線に揺られ九品仏へ。駅に降り立ち改札を出ると、右も左も踏切という踏切サンドイッチ状態。大井町線がここまで踏切天国だったとは。

まずは、改札を出て右の踏切を渡り、商店街へ。美味しそうなパン屋、年季の入り過ぎたキャラクターショップ、怪しげだけど絶対美味しい予感のする居酒屋などを通り過ぎ、古くて新しいシャレオツなショップD&Departmentへ。なかなか訪れない町につき、一つだけ自分の行きたい所を含ませてもらった。

早々に店を後にし、お昼ご飯を食べる事に。パン屋でブタパンや牛乳などを購入し、改札の反対側の踏切を渡った先にあるお寺で食べようと、来た道を引き返す。踏切を渡ると、住宅街と溶け込むように平行に参道が伸びる。その横にこじんまりしながらも居心地のよさそうな公園を発見。しばしの間、パンを食べつつ、息子を遊ばせる。場所は変われど日課である。

ひとしきり公園で遊んだ後は、参道を通りお寺へ向かう。道なりに角をまがると、思いがけず広大な敷地のお寺が現れた。先日の残雪も手伝って、「あれ、奈良だったっけ」と見まごう景色。いくつものお堂があり、そこに九体の阿弥陀如来像が安置されている九品仏浄真寺である。東京のこの場所にこんな贅沢なお寺があったとは。

ひとまず本堂へ。お賽銭を入れる場所が何ヶ所もあり、その都度、息子に小銭を催促される。見慣れぬキャラクターのお守りが売られており、思わず二度見。このお寺のキャラクター“きゅっぽん”だそうだ。

本堂に上がりお参りを済ませ、帰り際にトイレを借りると、まさかの御本尊の裏を案内される。まさかトイレに行くのにお釈迦さまの真横を通っていく事になるとは…。そして裏できゅっぽんの着ぐるみがソファに座って待っているとは…。

気がついたら、夕方になっていた。子連れの一日ははやい。帰り際に、手紙を書くというミッションがあった事を思い出す。お寺の出口に、丸太でできたベンチを発見。絶妙な傾斜と手触りで、なんとも手紙を書きたくなるベンチである。

もう会うことのできない友人に宛て手紙を書いていたら、九品仏がまるで天国と現世の間にある場所のように思えてきた。商店もお寺もなんだかちょっと現実味に欠けるのだ。ふわふわした気持ちの帰り道、ホームで聞いた踏切の音がいつまでも耳に残った。