場所と物語

浅草橋、桜と椿と棕櫚のロードムービー/石神夏希

ばしょものメンバーの岩岡くんと「おかず横丁」で待ち合わせ。小雨降る御徒町から、寒いし時間がないからタクシーを拾った。初乗り490円に、まだ慣れない。

おかず横丁をおかずを探して歩いた。佃煮屋の木製のショーウィンドウに並ぶ、黄金のきりいかの美しさよ。梅干しが美味しそうな漬物屋もあった。ただ土曜のせいか時間帯のせいか、今日はおかずのお店があまり開いていないようだ。若い人が始めたらしい、焼き菓子のお店や手づくり雑貨店もあった。

おかず横丁にある民家の軒先植木は、どれも思い切りがいい。出入り口に人ひとり分通れるほどの幅を除いて、ずらり建物を取り囲むように大小さまざまな植木鉢が並べられている。人の背を越すような大きな植木もあった。「観葉植物」なんて呼ぶのが失礼なくらい、人や家と同じくらいの居場所が与えられ、存在感を発している。

ふと通り過ぎそうになった脇道の奥に、道の反対側まで枝を伸ばす見事な桜の木が見えた。思わず誘い込まれて行くと、その根元に探していた「SyuRo」があった。ここは生活用品のデザインやプロデュースを行う会社のアトリエ兼店舗。隅々までセンスよく、けれど服も雑貨も家具も、布も革も紙も、という幅広さ。何に使うかわからないけど素敵なアンティークゴールドの金具もあった。セレクトショップかと思ったらすべてオリジナル商品で、いろいろな職人さんや工房と組んで企画ディレクションを行っているという。元ダンボール工場だという空間ものびやか、かつ、とても繊細な波動みたいな気配みたいなものが感じられた。人間には聞こえない音がずっと鳴っているような。それがアーティストの気が至るところに配されている、ということなのかもしれない。岩岡くんはさっきの、何に使うかわからない金具を買っていた。わからないまま、これ使って何つくろうかなと思える人を尊敬する。

店の外から改めて眺めると、目印になっている桜の木の隣に、椿と棕櫚の木が肩を寄せ合うようにして植わっていた。棕櫚は店名の由来にもなっているのかな。それにしても、なんだろうこの組み合わせ。姿も季節感もバラバラで、ふしぎと魅力的。

その後、浅草橋のOpenA新オフィスにて「東京ステイ」新年度のキックオフ。コーヒーカウンターを囲んで3時間くらいみっちり打合せをした後、大阪王将で出前を頼んだ餃子とお酒を片手に、ジム・ジャームッシュ監督の『ナイト・オン・ザ・プラネット』を観た。シェアオフィスがあっという間に映画館になって、愉快だった。5つの都市それぞれで、たまたまタクシーに乗り合わせた人たちの物語が同時進行するロードムービー(ロードムービーを観よう、という企画だった)。おかず横丁で出会った、桜と椿と棕櫚を思った。見た目も性格もまったく違う三人組が、何か物語を演じ始める姿を想像してみたくなる。

何の因果か根っこを絡み合わせて生きてきた三本の樹。ずっと同じ場所で通り過ぎる季節や人々を眺めていた三人は、ささいな口論をきっかけに袂を分かち、別々に生きていくことを決める。ある早朝、まだ暗いうちに三人は旅に出る。ひとりは北へ、ひとりは南へ、そしてもうひとりは海の向こうへ。そんなベタな物語も悪くないなあ、とか。