場所と物語

[レポート] ダイアログ・オンサイトVol.2 「まちを読み解くまなざし」前編

JR日暮里駅の西口側へ出て谷中へ向かうと出現する、古い建物と新しい建物とが入り混じる不思議な空間。その昔ながらの家屋が並ぶ通りを歩いていると、なんだか東京にいながらそこが「東京」ではないような錯覚に陥ってくる。その通りの一角に、これまた古風な店構えをしたカフェがあります――その名も「散ポタカフェ のんびりや」。

なんでも100年近く前に建てられた古民家をリノベーションして飲食店として経営しているらしい。今回の「東京ステイ ダイアログ・オンサイトvol.2」(2019年1月15日開催)は、ここを会場として行われました。

(取材・執筆:高須賀真之、写真:黒羽政士

 

東京のことを好きだと思ったことがなかった

トークはまず登壇者三人の簡単な自己紹介と、それぞれの「最近行ってみておもしろかった場所」を答えるところからはじまりました。

小松平佳さんは日本橋(特に十思公園―吉田松陰が処刑された「伝馬町牢屋敷」跡)、及川卓也さんは町田の武相荘(ニュータウンの老舗的な存在として)と答える中、京都出身である今田素子さんはお正月に下鴨神社に行ったら人が多すぎて逆に全然よくなかったという回答。

家が好きなので休みの日には基本的には外には出ない、という今田さんですが、この「場所と物語」の活動を通して、まちを歩きながらどこかを切り取って見るようになった、ということでした。

及川:素子さんのイメージって、東京ど真ん中にいる感じがしていて。

石神:普段の活動エリアは、どこでしたっけ?

今田:えっと、六本木と渋谷と西麻布しか行かないみたいな(笑)

及川:(笑)

今田:それは仕事で行っていて。普段はお家にいたい感じなんですけどね。

今田:東京に来てずっと、一度も東京のことを好きだと思ったことなかったんですよね、この(「場所と物語」の)活動をするまでは。

石神:え、そんなに!?

今田:そう、もう一回も!こんなに言い切って悪いけど。ほんとに京都って素敵なとこだわ、って思っていて。京都の人ってだいたいそうなんですけど(笑)でも東京もいいところがいっぱいあるなぁって最近ちょっと思い始めていて。ピルグリムをやるようになってですね。

石神:それまでとなにが違ったんですかね?

今田:なんかね、見るものが違いましたね。とにかくまちを歩いてて、どこかを特別に切り取って見るということをしたことがなかったんです。

東京ってほんとにビルばっかりだとか、まず最初に山が見えないっていうのがあって、京都って上見るとぜったい山があるんですよ。山を見て方向がわかるんですけど、(東京は)まったく方向もわからないし、ビルがいっぱいで空が見えないし、なんかハイジになった気持ち?

石神:ハイジ!?

今田:アルプスの少女ハイジ。

小松:山から降ろされたってこと?

石神:山が恋しい(笑)

今田:そう。白パンはあるけれども、素敵な空気はないみたいな感じだったんです。

今田さんの言う「どこかを切り取って見る」という視点は、今回の「まちを読み解くまなざし」というテーマに通じているように思いました。そしてその「まなざし」から「東京」を見る視点が変わっていった―そこには「まちを読み解く」ためのなにかヒントがあるのかもしれません。

 

自分でたこ焼きのタコを切る

実は今回の会場として選ばれた「のんびりや」も、東京ステイの活動を通して出会った場所なのだといいます。

今田:谷中をピルグリムするっていう回があってね、私ほんとにアウェイな感じでね(笑)後ろからついて来てなにも調べずに来ていた時に、この(のんびりやの)前を通ったんです。そしたらちょうどオーナーさんが改修をしていて、「夕方からたこ焼きをやるから来てください」って言われて。

ピルグリムが終わった後に行ってみたら、ここでなんと、自分でタコを切ってたこ焼きをつくるはめになり(笑)、すごくいいお酒をですね…こんな話していいの(笑)ここの女将さんが自分でいろんなところを回って、酒蔵から特別なお酒をちゃんと仕入れているんですね。それを出してくれたんです。

それで、このこたつ(※このトーク当日も登壇者が座っていた)がその日にできて、外はこの(谷中の)景色で雪が降りだしたんですよ。もう本当に素敵で。こたつで雪が降って日本酒が置いてあってたこ焼き食べて…このままここに住んでいいのかしら?なんかお家に帰ってきた、という気持ちになりまして。

その後も何度も「のんびりや」や谷中へ足を運ぶようになったという今田さん。東京が好きではなかったのに、「ここなら受け入れてもらえるかも」と思うようになったそうです。

 

「居てもいい」という感覚と「懐かしさ」

続いて及川さんが、かつて学生たちと谷中を歩いた時の話に。その時、学生たちに「東京をどう思うか?」という問いをしてみたところ、だいたい「冷たい」という答えが返ってきたと言います。

及川:「なんで?」って聞いてみたら、東京は箱はあるんだけど、その中に自分の居場所がなかなか見つけづらい。ところが谷中に来てみたら「初めての場所なのに懐かしい」って。それはなんなんだろうと。若い子たちだからこういう日本建築は、見たことはあっても住んだことがあるわけじゃない。でも、自分でも知らない懐かしさを感じることもあるのかな、と不思議に思ったんですよね。

石神:“懐かしい”って言葉は、もしかしたら違うのかもしれませんね。ノスタルジーとかではないのかもしれない。なにか、子どもの頃に感じた感覚なのかな? たとえば家族とか友達とか近所の人とか、そういう自分の小さな世界にいたときの感覚、みたいなものなのかな、思ったんですけど。

「谷中が懐かしく感じるのはまちの狭さが関係あるのかもしれない」と及川さん。事前にだれかによってつくられ用意された――外部から与えられる――ノスタルジーというのではなく、自分のなかから感覚として立ち上がる懐かしさ。それは世代などには関係なく、だれもが持っている感覚なのかもしれません。

福島出身で実家が古民家だったという小松さんは、のんびりやのような建物を「懐かしい」と感じると言いますが、その一方で「ビジュアル的な懐かしさと、“居てもいい”という受け入れられる感って違うじゃないですか?」という疑問が。

今田さんはこの“受け入れられる感”のことを「外は寒いけど中はあったかい」感じじゃないかと言います。そこから今田さんのこどもの頃のこんなエピソードが語られました。

今田:小さい頃、嵐が来たときは傘をいっぱい立てて、お外に行くっていうのが好きだったんですよ(笑)お家をテントみたいにしてたの。雨とか降ってきたら、とにかく外に傘をいっぱい並べて中に入る。

小松:その下をくぐるの!?

石神:楽しい!!

今田:外は大変なのに中はあったかいお家でいいな、みたいな。ときどき雨が降ってくるんですけど(笑)

 

日常を離れる装置としての「場所」

岩手出身の及川さんは子どもの頃、山を歩いたり自然のなかに入っていくのが好きだったと言いますが、「自分で自然のなかへ入ってトランス状態になっていく」話の例として、宮沢賢治の『虔十(けんじゅう)公園林』という小説を紹介。「場所は、そうしたある種のトランス状態をつくる装置でもあるのでは?」と及川さん

及川:『ピルグリム―日常の巡礼』を石神さんが「自分とふたりきりになること」と言っていて、なかなかいい言葉だなと。情報を得に行くとか、刺激を受けに行くのではなくて、もう少し自分だけのなかで感じる時間をつくっていく。そういう時間を持ちましょうというプログラムだと思うんですね。東京でそういうことをやるのは面白いなと。

今田:私も京都にいた時に、いろんな神社にひとりで行っていて。「自分を見つめ直す」じゃないですけど、お参りに行くのが目的じゃなくて、境内に座ってるだけで全然空気が違うので。そこで「気」を得るというか、そういう感じだったので、似てるかもしれない。

及川:「気」ってそういうもんかもしれないですね。

石神:その場所の「気」みたいなものを吸収する、みたいなことですよね。

及川:聖なる場所みたいなところに行ってなにかと向き合う時や、あるいは(宮沢賢治の小説の)虔十のように自然の官能の中で「ワハハ」と笑ってる状態みたいな、ちょっと日常と違う状態をつくることで違うものが見えてくる。

そういう力を場所っていうのは持っているんじゃないかな。場所とどう付き合うか、場所との新しい付き合い方を考えてみたい。

小松:そういう意味では、僕はクラブが好きで。会社を経営してたりすると、話かけやすくしとかないと情報って入って来ないので、基本的には(自分を)開いていて。家族に対しても開いていて、そうやって常に開いていると結構疲れる。

クラブには人がいっぱいいるから、思いっきり暗くて、ノイズがあって、思いっきり閉じられるじゃないですか。でも閉じてるけどひとりじゃない。

さらに「場所が特徴があったりとか、まちに対して切り取って見るという見方を知らなかった」「福島と東京という対比のなかでしか(東京という街を)捉えていなかった」と小松さん。自分の生い立ちや過ごしてきた環境によって、まちとの接し方は違ってくるのかもしれません。

そして話題は、及川さんが編集長として立ち上げから手がけてきたウェブメディア『colocal』(マガジンハウス)が生まれた経緯へ。

「カルチャーと地域ということが今だからこそ見直されている時に、どうやってビジネスをしようと思いましたか?」という今田さんからの質問に対し、及川さんは「東京で窮屈にやっているよりも、地域に行った方がダイナミックなことができるのでは、という思いがあった」と答えます。

>>後編へ続く